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何のためのプログラミング教育か? 目的と手段を取り違えないための発想

私の中学時代の部活のひとつは「数学研究会」でした。いまなおFACEBOOKやTwitterで当時の先輩同級生後輩とじゃれ合っておるわけですけれども、一番楽しかったのは「ゲームの改造」だったわけですね。 楽しさの追及・そして学び まだ著作権がおおらかな時代で、いまにして思えば青くなるようなコピーガード破りをやりたい一心で必死にマシン語を勉強したり、BASICで組まれた「…
山本一郎

山本一郎

2017.04.04



私の中学時代の部活のひとつは「数学研究会」でした。いまなおFACEBOOKやTwitterで当時の先輩同級生後輩とじゃれ合っておるわけですけれども、一番楽しかったのは「ゲームの改造」だったわけですね。


楽しさの追及・そして学び

まだ著作権がおおらかな時代で、いまにして思えば青くなるようなコピーガード破りをやりたい一心で必死にマシン語を勉強したり、BASICで組まれた「信長の野望」の数値を弄って「スーパー筒井家の野望」を作って筒井順慶が天下統一したりしてました。いろいろ酷い。でも、そこからパソコン通信に興味をもってインターネットの先駆けのようなサービスに思いを馳せたり、地元のビル持ちが趣味で経営していたパソコン屋に入り浸ったり、当時秋葉原ラジオ会館で日本電気(いまのNEC)のショールームに置いてあるパソコンでゲームしたり、いい思い出でした。

それもこれも、当時から「パソコンが好きだった」ことが根底にあるんですけど、それ以上に「パソコンが好きな友人が周辺にゴロゴロいた」ことも大きい。大学のころからコンピューティングやシステムに興味を持てたのも、ちょっと分からないことがあると気軽に相談できる先輩がいて、腕を確かめ合う友達がいたという環境があって初めてプログラミングを入口に社会を見ようという気持ちになったというのは私の人生のバックボーンにあります。

その結果、いまのような変わった感じの大人になってしまったわけですけれども、その一方で2020年から小学校中学校でプログラミング教育が義務化される運びになったようです。おいおい、凄いことになってきたじゃんかよ。



中でも、青山学院大学客員教授の阿部和広さんのお話は心に刺さります。試行錯誤って、本当に大事ですよね。熱意に裏打ちされた、なぜ上手くいかないんだという状況を突破する能力。

プログラミング教育では、試行錯誤が論理的思考力よりも重要:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/499982/030900037/
パブリックコメント:学校教育法施行規則の一部を改正する省令案並びに幼稚園教育要領案、小学校学習指導要領案及び中学校学習指導要領案に対する意見公募手続(パブリック・コメント)の実施について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000878


試行錯誤しながら触れてみる

私個人の経験なんて小さいものですが、私の時代は誰かに教えてもらってプログラミングするというよりは、自分がこれを実現したい、そのためにはコンピュータの知識が必要であり、さらにそれを自分のために改変したり更新したりするためにプログラミングを勉強しなければならない、という順でした。別にプログラミングがしたいからやっていたわけではなく、名作ゲーム「Wizardry」で育てたキャラクターが灰になって次に復活させようとして失敗するとキャラクターが消えてしまうリスクを取りたくなかったのでフロッピーディスク内に書き込まれているキャラクターデータを改変したり、自分だけの迷宮を作りたくなって言語「Pascal」を自分で本買ってきて学んだってだけなんですよね。

いま思い返しても「あのころは何であんなに必死だったんだろう」とか「子供のころは時間がいっぱいあったなあ」と感じるわけなんですけど、これが教育の中で義務化され将来必修になるぞとか言われると話は違います。

私も年を取って、子供の教育を考えようという年齢になると、やはり身の回りには「そろそろうちの子にもプログラミング教育を」などと動き始める家庭がチラホラ見え隠れするようになります。ヤバイ。うちも出遅れるわけにはいきません。友人家庭がご子息をどこそこのプログラミングをやっているNPOのワークショップに連れて行った、なんてFACEBOOKページでも見ようものなら、手にしっとり汗を感じながら焦るわけですね。



で、ふと食卓で遊ぶ拙宅山本家三兄弟を見ていると、のんびりと好きな宇宙の絵を描いたり、ミニトマトの早食い競争をしたり、三男がパンツ脱いでおちんちんびろーんとかやっとるわけです。もうね、プログラミング教育とか言っている次元ではない。お父さん、君たちの将来が心配です。

 仕方がないので、巷で流行っているプログラミング教材などを順繰りにダウンロードしてみて、子供たちにやらせてみるわけですよ。例えば、「lightbot」とか「scratch」とか「Code Monkey」などなど、試してみるんです、拙宅山本家三兄弟に。

Lightbot
http://lightbot.com/

scratch
https://scratch.mit.edu/

Code Monkey
https://codemonkey.jp/



結論から言うと、興味なくはないけど、続かない。まあ、何というか、親としてはがっかり半分、まあそりゃそうだよな半分であります。というのも、ここで展開されている子供用プログラミング教材はとてもゲーミフィケーション的な、ガワとしてはゲームのようだけど、結局は真っ白な紙とクレヨンみたいなものであって、子供にとって必要な「どうしてもやり遂げたい何か」というトリガーにはなかなかならないのでしょう。

Lightbot」やらせるためにスマホ貸してしばらく経ったら次男が途中で飽きたらしくyoutube立ち上げてドラえもん観てたときにはブチ切れましたが、きっと世の中そんなものなんですよ。


どうしてもやり遂げたい何か

これを教育で必修にするぞ、義務だぞと言われても、なかなか教師の方も親も大変だろうと思うんです、なんてったって「プログラミングやんなさい」と言われてやるもんじゃないから。いわば電卓渡されて計算しなさいと言われるようなもので、やっぱり何か目的が必要だ。自分で思い返すと「ゲームを改造したい」というような、たとえ生産性はゴミのように低くとも子供が目を輝かせる何かをプログラミングの“向こう側”に作ってやらねばならんのです。

まさに冒頭で述べた阿部和広さんの「プログラミングを学ぶのは論理的思考力を養う手前の試行錯誤を」というネタを、子供相手に親が強いられるというコペルニクス的状況に恐怖するわけであります。あの手この手で子供の興味を引き出すために苦労する親。試行錯誤の塊。そして、子供にプログラミングをどうにかして学ばせようと思いつつも、まだ結論は出てません。というか、まだ山本家、うまくいってません。

何がむつかしいって、プログラミングの愉しさが分かる前に、PCやスマホを与えてしまうといつの間にかYoutubeが立ち上がっていてドラえもんや宇宙の動画を子供たちが熱心に観てしまうという悪しき状況がいかんのです。そっちのほうが、確実に楽しいのを子供たちが知ってしまってますのでねえ。


やっぱり家庭での学習ではなくて、外で学ばせる方がいいのかなあ、と思いつつ家内と鳩首会談をすることになるのです。しかしながら、何が問題って「子供に学ばせたいものはすでにたくさんある」ということなんですよね。当然ですけど、国語算数理科社会があって、基礎学問はもちろん大事です。これは押さえたうえで、英語は必要ですね、未来につながる体力作りや運動能力は重要ですね、視野を広げる体験も役に立つ人間になるためのリーダーシップや対人スキルも肝要ですね、せめて自転車は乗れるように、泳げるように、スキーぐらいは滑れるように、球技も少しは… 楽器も… となると、プログラミングを習い事に押し込む隙間がない。皆さん、ご家庭でどうしてるんでしょう。

かといって、習い事を毎日詰め込むと息が詰まるだろうし、好きなことをやる時間は取ってあげたい。自分の人生を振り返ってみて、子供のころは使い切れないぐらい時間があったように感じていたけれど、大人になってみて気づくのは子供に完璧を求めない割にやらせたいことが多くて途方に暮れるわけであります。私の両親も、コード解析に熱中する私の姿を見て、なんて生産性の低いことに集中しているんだ、と思いながら見ていたのでしょうか。いまこの原稿を書いている目の前で、子供たちがうんこをロケットで飛ばせばトイレが要らなくなるんじゃないかと騒いでいるのを聞きながら、いっそプログラミングでうんこ用ロケットが実現できれば少しは取り組んでくれるんだろうかと思い詰めたりもします。



そんな悩みでぐるぐると思いを巡らせているうちに、先日次男が立派に6歳の誕生日を迎えました。今年の抱負は「補助なしで自転車に乗れるようになること」だそうです。よし、明日は晴れそうだから、一緒に自転車の練習に繰り出そう。