
日本の農業現場では、味や品質に問題がなくても、見た目の理由で市場価値が著しく下がる野菜が存在する。千葉県市原市の姉崎だいこんの場合、「曲がり」「ひげ」「先端の傷」といった外観上の問題で「【切】規格」に分類される。これらは味や栄養価はA品と変わらないが、市場での価格は大幅に下落する。
生産者は半年以上かけて丁寧に土作りから収穫までを手作業で行う。にもかかわらず、収穫時に規格外となることで、投下した時間と労力が適切に評価されない。これは単なる食品ロスの問題ではなく、農業の持続可能性を脅かす構造的課題だ。
規格外野菜の活用は以前から試みられてきたが、多くは一過性の取り組みに終わっている。理由は明確だ。
結果として、規格外野菜の多くは堆肥化されるか、最悪の場合は廃棄される。生産者の手間と思いは、消費者に届くことなく失われてきた。
石井食品は2016年から「地域と旬」シリーズを開始し、現在までに100種類以上の商品を展開してきた。その核心にあるのが、市場を介さない生産者との直接取引だ。
姉崎だいこんの事例では、姉崎蔬菜組合に加盟する14軒の農家と直接契約。規格外の【切】を含めて、生産者が選別した大根を一括して買い取る仕組みを構築した。これにより
単に規格外野菜を使うだけでは、消費者に価値を届けられない。石井食品は製法を徹底的に見直した。
姉崎だいこんのハンバーグでは、だいこんの「甘みと食感を最大限に引き出す」ため、ダイスカットと粗めにおろしただいこんを組み合わせた。曲がっていても、傷があっても、切り方を変えることで素材本来の味を引き出す。これは規格外という「欠点」を、調理技術で「個性」に転換するアプローチだ。
京都の九条ねぎを使ったハンバーグでは、若手農家3名が立ち上げた「SAMURAI FARMERS」と協業。九条ねぎ市場が抱える「小規模生産者が多く、年間を通じた安定供給が困難」という課題に対し、複数産地での分散栽培と通年供給体制を構築した。
「地域と旬」シリーズは着実に成長している。
7%という成長率は、成熟した食品業界において特筆すべき数字だ。さらに重要なのは、この成長が生産者との関係性構築という時間のかかるプロセスを経て実現されている点だ。
姉崎蔬菜組合の14軒の農家にとって、石井食品との直接取引は経営安定化の一助となっている。従来は市場価値の低かった規格外品が、適正価格で買い取られることで、収入の予測可能性が向上した。
また、「姉崎だいこん」というブランド名で商品化されることで、地域野菜の認知度向上にも寄与している。石井食品は収穫体験イベントも開催し、消費者と生産地をつなぐ活動を展開。これは単なる商取引を超えた、地域との共創モデルだ。
九条ねぎの通年供給体制は、需要と供給のバランス調整という新たな価値を生み出している。従来、旬の時期に集中していた生産を年間を通じて分散させることで、豊作時の廃棄と不作時の不足を緩和。異常気象による影響も、複数産地での分散栽培によって軽減できる。
石井食品は2026年1月末まで姉崎だいこんのハンバーグを販売し、九条ねぎのハンバーグは通年販売に切り替える。この販売戦略も、旬の野菜は季節限定、通年栽培可能な野菜は年間供給という、生産現場の実態に即した設計になっている。
石井食品は1945年創業、2025年で80周年を迎える。「真においしいものをつくる〜身体にも心にも未来にも〜」という企業理念のもと、無添加調理を貫いてきた。
「地域と旬」プロジェクトは、短期的な収益性だけを見れば効率的とは言えない。生産者との関係構築、商品開発、品質管理に膨大な時間がかかる。それでも石井食品がこの事業を10年継続してきたのは、長期的な視点での価値創造を重視する経営判断があったからだ。
代表取締役社長執行役員の石井智康氏の言葉を借りれば、「誠実なものづくり」を基軸に、地域共創型商品の展開を目指している。これは創業者から受け継いだDNAであり、上場企業(東証スタンダード)でありながら、四半期ごとの数字に縛られない経営を可能にしている。
10年目の節目を迎える2026年に向けて、石井食品は「地域と旬」シリーズのパッケージデザインを一新した。新ロゴには「産地を食卓へ」というメッセージと、春夏秋冬の四季をあしらったデザインを採用。「全国の生産地と食卓をつなぎ、四季折々の旬を届けたい」というシリーズの想いを可視化した。
パッケージには旬の素材を大きく配置し、「どこで育った素材なのか」「どんな旬なのか」を直感的に伝える工夫を施している。これは消費者に対する透明性の追求であり、トレーサビリティへのこだわりでもある。
石井食品の事例から、他の食品メーカーや流通業者が学べる要素は多い。
特に注目すべきは、中小規模の生産者グループとの協業モデルだ。SAMURAI FARMERSのような、同じ志を持つ若手農家の連携を、企業側が支援する形は、今後の農業の持続可能性を考える上で重要な示唆を含んでいる。

一方で、このモデルにも課題はある。
石井食品は市原市全体の活性化を視野に、収穫体験イベントなど消費者と生産地をつなぐ活動を強化している。また、九条ねぎでは複数産地での分散栽培を推進し、リスク分散を図っている。
石井食品の「地域と旬」プロジェクトは、「真においしいもの」とは何かを問い直す取り組みだ。それは単に味が良いだけでなく、生産者の手間と思いが適切に評価され、地域の経済が潤い、食品ロスが削減される。そうした多層的な価値を内包した商品こそが、「真においしいもの」なのだろう。
規格外野菜の活用は、かつては「もったいない精神」や「慈善事業」として語られることが多かった。しかし石井食品の10年の実践が示すのは、これがビジネスとして成立し、年率7%で成長できるモデルだということだ。
今後、気候変動や人口減少が進む中で、日本の農業と食品産業は大きな転換期を迎える。石井食品が構築した「市場を介さない直接取引モデル」は、その一つの解答となりうる。10年目の節目を迎える2026年、このモデルがどこまで広がり、深化していくか。注目していきたい。
